プロフィール

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両手をそっと股間の位置でクロスさせる。
背筋をピンと伸ばす。
左右の肩甲骨をきゅっと寄せる。体が反る。すると肩幅が小さく見える。胸もふくらむ。
静かに視線を伏せる。
そのままゆっくりと一礼。
いち……に……と数えてから静かに上体を起こす。

「わたしはめぐみおと申します。
どうぞこれからよろしくお願いいたします」

にこっ!

ハイ、決まった。カンペキじゃん。

お客さまをお迎えしての挨拶にしても、いろんな細かい決まりやコツがあるんですよね。そんなバニーガールのお仕事ブログを書いたら面白いんじゃないかなって、ある日閃きましてこのブログを開設してみました。

まずは自己紹介をさせていただきます。
どうしてボクはバニーガールになったのか、ってお話しです。

プロフィールのダイジェスト

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目次

ウサギとの愛に墜ちた母

兎の父

母の話から語りましょう。
母が大学生だったころです。夏のあいだ軽井沢のとあるリゾートホテルで住み込みのアルバイトをしていたそうです。

そこで母はある素敵な野ウサギに落ちました。
ふたりは運命の出会いを感じて深く愛し合いました。

夏が終わって母は実家である東京足立に戻りましたがウサギとの関係は続きました。

ファンタジー!

そもそもバニーガールのお仕事の話をそのまま書いたら大問題です。
守秘義務違反です。プライバシーの侵害です。
父を兎でした!って書くくらいに当ブログにはフェイクがふんだんに入っております。
このブログはフィクションでございます。

では続けますよ!

未婚を選ぶ

母と父は籍を入れませんでした。なのに娘を生みました。ボクの姉です。
結婚もしないで!と祖父母は怒りました。母と祖父母の関係は壊れました。母は二子玉川に移りひとりで娘を育てる決心をしました。

4年後にボクが生まれました。

父は年に数回、ボクたちのアパートを訪れました。ボクたち姉妹にとっては、やってくると食事に連れてってくれる優しいおじさんって感じでした。

姉もボクも父には敬語で話してましたね

女ボスになる

小学生のころのボクのあだ名は「ぶたっきょ」。
豚巨人。
ボクは背が高くてむっちりぽっちゃりした体形でした。
同級生の女子と比べても頭ひとつ高かった。目立ちました。

小学生時代

けど「ぶたっきょ」なボクは男子に負けませんでした。口でも腕力でも。
だから女子からはとっても頼られていました。
クラスの女ボスでした。武闘派女子!
学級委員にも選ばれたし、先生からの受けもよかった。
ボクはクラスをまとめる「いい子」であり、クラスのカースト上位でした。
             

でもこの黄金時代は小学生の間だけでした。

ぼっちに転生する

そんなクラスの中心人物でボクが、なぜかだんだんと孤立するようになってきました!

あはははははははははは!

笑えないっ!

いい子って正しいことを言います。だっていい子だから。
ボクはどんどん口うるさい女子になってました。
そりゃあ男子から嫌われていく。

やがて女子からも。

すっごいショックだった。

あれ、なんか嫌われてる?
当時のボクには、どうして人から孤立するのか全くわからなかったのです。

仲良しの友達グループからも浮き始めました。
いつも一緒に帰っていたのに誘われなくなる。干されはじめる。

仲がいい(と思っていた)友達から聞かされました。
「いつも男子と仲良くしててムカつくって」

え。男どもはボクをからかってくる敵なのに?????????

わけが全然わからない……。

教室に居ずらい。
自分の席に座っていても居場所がない感じ。

人気者の女ボスから、ぼっちに転生しました……。

中学生になって詰む

私生活ではそのころ大きな変化が訪れました。
引っ越しです。
ボクが小学校を卒業するのに合わせて、母とボクたち姉妹は足立の実家に戻りました。


母とウサギ父さんの関係が終わったのです。

さよならウサギ

ボクたち姉妹には今も大切な父ですが

孫のふたりも大きくなったし母は清算したして、もういいだろうと祖父母は考えたのでしょう。母と祖父母は和解しました。

二子玉川から引っ越したので中学は祖父母の住む足立の学校です。
でももうその頃のボクは、人とどうやって仲良くしたらいいのかわからなくなっていました。
だって普通にしてたのにみんなに嫌われたから……。
話しかけて嫌われたらどうしよう。怖い。

言葉が出ない。

さらに中学生時代は、ボクが弱体化した時でもありました。
幼いころは男子よりも女子のほうが成長が早いものです。けどそれは中学生になる頃には逆転します。
男子の力に女子はかなわなくなります。
背が高かろうと、ぽっちゃりで体が大きくとも、それは女子としては、でしかありません。

中学生時代

いままでのボクの取柄がなんにも通じなくなったのが中学生時代でした。

高校生になってピエロになる

もうひとりぼっちはいやだ。
友達が欲しい。
くだらない話におなかかかえて笑い合えるような、悲しいことがあったら打ち明けられるような親友が欲しい。
高校生になったら友達をつくろう!
そう心に固く誓って進学しました。

高校入学式の日にもう仲良く友達つくっているコたちを見て、ああ、自分には無理だって悟った。
言葉が出ない。人と話したいのに。なんて話しかけたらいいのかわからない。話しかけられもしない。

諦めました。

たぶん一生孤独だ。そうわかったら、もうひとつの目標はせめてやろう。でないと虚しすぎる。

高校生になったら、と悲壮な覚悟をボクは抱いていました。それは……。

痩せる!

痩せたい!

絶対に痩せる。もう「ぶたっきょ」はイヤだ。

痩せるには運動が一番いいっぽい。ダイエットには限界があるってのは実感してました。
高校生になったら痩せるために運動部に入るんだ。

どこの運動部に入ろう。
球技系はダメ。球が取れない。
陸上部は走るの苦しそう。
柔道部は……やめよう。格闘技系は。もう戦いたくない。

なんかのヒーローかな  

そう考えるとこれしかない。決めました。

水泳部に入ろうって。

今から振り返るとスゲーなボク。

ぽっちゃりなのに競泳水着を着るとは。

プール

なにがなんでも痩せたい強烈な想いがありました。

お姉ちゃんが羨ましい……    

姉も背が高いんですけど姉は子供ころからスリムでした。
姉は4つ年上ですから、大人びておしゃれをするようになります。
しかも姉はすっごいきれい。

お姉ちゃんみたいになりたい

ボクにだって想像はできました。
笑いものになるだろうって。

あんなブサイクな体で水泳部wwwwwwと。

すっごい無様だとも思う。
むちゃくちゃ恥ずかしい。

でも笑われてもいいや。

って開き直ってました。

中学の頃ひとりぼっちだった。つらかった。
でも友達がいなくても生きてこられたじゃん。
どーせ友達できないし、いないんだしどうでもいいじゃん。

孤独すぎて自分でもどこかおかしくなっていたし、姉と容姿で比べられるのに限界が来ていたから……だとも思う。

「一年に面白いヤツがいる」

水泳部に入部したボクは学校中で話題の人になりました。

なんか……上級生にすっごい可愛がられた。

「痩せるために水泳部に入りました」とボクは公言してました。
だって入部動機を聞かれるから。

部員の少ない水泳部でしたから、どんなやつでも入部してくれれば大歓迎な部でした。
先輩がね、みんな優しくしてくれた。
水泳部以外の上級生からも、こっちは誰だかわからないのに。なのに可愛がられた。

クラスメートもすっごい好意的だった。
忘れもしない。高校でもクラスでスルーされていたボクが水泳部に入ったって発覚したとき。
クラスの雰囲気が変わった。
なんかね、みんな、優しいの!
女子がボクにニコニコ話しかけてくれる。

嬉しいぃぃぃぃぃぃ!

小学生のころは女ボス
中学生で、ぼっち
高校生でイジられキャラに転生!だな

でもね、失笑してた人もいたよ。にやついてる人もいたよ。生暖かい目だったと思うよ。
だって豚が競泳水着を着てるんだもん。そういう嘲りの目が多かったかもしれない。
そりゃそうよ。笑えるもん。

だけどボクの友達になってくれる人がどんどん出来たんだ。
これは小学中学の時を振る替えればありえない奇跡なんだ!

「いっしょにダイエットがんばろうよ」って言ってくれた子もいる。
ボクから見たらダイエットする必要ないスタイルだったけど。
その子は今も親友だ。

ああ!あぁ!ああー!
高校生活は楽しかったあああああ!

友達ができた!ボクに友達が!

さらに親友もできるなんて!

休み時間が楽しい。楽しいよ!お昼をいっしょに食べるともだちがいる幸せ!
孤立していた小学生時代、中学生時代と比べたら天国でした。

痩せた痩せた痩せ

水泳部に入部した効果は絶大でした!!!!!!!!!!!!!!

一年も立たないうちに痩せる痩せる。
水泳は過酷な運動です。
カロリー使います。
泳ぐとご飯がモリモリ食べられます。

だけど食べない。

このころ空腹時には、めまいでクラクラしてました 

二年生の夏ごろには目標にしていた理想の体形に成ってました。
ウエストもぎゅぎゅっと引き締まりました。

「おまえ、別人!」と、からかわれるのが快感だった!

がんばったボク!   

水泳部

なお選手としてはまったくのザコでした。

体形がほっそりすると着れる服のバリエーションが広がります。
おしゃれの楽しさにやっと!高校生3年生あたりでやっと!目覚めました。
反動で体にぴっちりした服を好むようになったりして。
ハロウィンにピチピチしたコスプレで出かけたりとかね。

シンジくんのコスプレ

ファッションデザイナーになりたい!

痩せるとファッションに興味が湧くようになっていました。
おしゃれする喜びがやっとわかるようになりました。
その気持ちはグングン高まって、将来はファッションデザイナーになろう!と決めました。

高校進学後、服飾の専門学校に進みました。
けどうちは裕福な家庭ではありません。

夜間部にしました。
昼間はアルバイトをしました。スーパーで働きました。パン棚に補充する仕事しました。

商品を売り場に並べる仕事で「品出し」といいます

服飾系の学校では布生地代がかかります。
バイトをしないと課題の製作費がまかなえない。
バイトをすると課題の制作時間が確保できない。
ズルズルと学業は破綻していきました。

マネキン

頑張っていましたがやがて悲しい事実に気がつきました。

「ボクってファッションデザインのセンスないかも」と。

自分の才能の限界を悟るのはボクだけではありません。
専門学校の同級生もつぎつぎと辞めていくのです。
ボクは卒業まで齧りつきました。

しかし就職に失敗しました。

希望のところにはどこも入れませんでした。
けど夢を諦めきれずに就職活動を続ける間、派遣会社に登録し働きました。

服飾系を卒業したのなら、勉強して身に着けた知識を生かす為に、
アパレル店員になるのも定番の道です。
でもボクは意固地になっていました。
デザイナーになりたいんだと。

アパレル店員になろうとしなかった理由はもうひとつありまして。

接客が怖い! 

夢やぶれて派遣で働く

出荷センター

ほんのいっとき、就職活動を続ける間の凌ぎのつもりで派遣で働きました。

ベルトコンベアーで流れてくる部品を組み立てる工場の仕事をしたり、出荷センターでピッキングの仕事をしました。倉庫の棚から指定された商品を持ってくる仕事を「ピッキング」といいます。

派遣の仕事はクセモノです。給料は安いんですけど当面の生活はできる収入にはなります。このままじゃいけないんだけど、このままでもいいか、と思えてきます。

派遣時代

派遣で働く明確な理由のある人にとっては派遣はいいものです。勤務時間や勤務日を自由に調整できるメリットがありますから。

しかしファッション界に進むと夢があったのに、ボクは挫折して派遣で働いていました。

帰り道に一人でよく泣いていました。
実家は大きな川の傍にありました。
駅からの帰り道わざと遠回りして土手でブワーーーーと号泣していました。

エジプト人の付き人をする派遣でできた友達に誘われました。

「コンサートのスタッフのバイトしない?」
派遣でできた友達に誘われました。

所属していた派遣会社の仕事ではありません。その子はほかのアルバイトもしていて、そこの仕事です。

コンサート会場の仕事?面白そう。

コンサート

一日だけのバイト。でも日給がよかった。派遣で一日働いて得る給料の1.5倍もありました。
その会社の名前は「フライングローズ」
イベントを運営する業務をしているそうです。

内容は出演者の付き人。

出演者といっても芸能人ではありません。
世界中から歌自慢の子供たちを招き、お国の動揺を謳ってもらうコンサートでした。
なんか偉いところが主催する国際親善プログラムの一環らしい。

その子供たちと親御さんたちの付き人という変わった仕事でした。
「まもなくリハーサルです」「トイレはこっちです」などお世話をしたり、待ち時間に一緒に遊ぶのが職務でした。

そんな仕事ってあるんだ 

どの国の出演者の付き人をするのかスタッフリーダーから割り振られました。ボクはエジプト人の男の子とそのご家族の担当となりました。

エジプト語なんて喋れない・・・

エジプト

でもどうにかなった
ほぼジャスチャーでいけた。

楽しかったです。
めちゃくちゃ楽な仕事でした。
遊び相手しているだけですから。給料もらうのが申し訳ないくらいでした。

このコンサートは実際のとは変えてあります
ですので「世界の子供が童謡を歌うコンサート」などで検索してもヒットはしません

あるコンサートでエジプト人親子の付き人をしたのは本当で~す

この会社のバイトは面白くてその後もときどき働かせてもらいました。
和楽器コンサートやクラシック音楽コンサートのスタッフなどをしました。

楽しかった。

そんなある日、そのコンサート運営の会社フライングローズから連絡がありました。

「面接に来ませんか」と。

また新しいバイトのお誘いかな。今度はどんなイベント会場かな、と気軽に手がけました。
けど事前に面接するってなになに?履歴書まで持ってくるようにとは。
アイドルとか芸能人のコンサートかな!?
海外の大物アーティストかな!?うふふふ。

空飛ぶ薔薇に乗る

薔薇

ところがこれがバイトの面接ではなかった。
正社員登用の面接でした!

んで採用!
受かっちゃった。
ただ一緒にお茶しただけなのに……。

光栄なことに私の働きぶりから採用は決まっていたのでした。
ボク自身の気持ちはどうかの確認と、ボクのひととなりを社長が鑑定する為でした。

服飾の世界に行きたかったけれどもそっちに進める見込みは絶無。
派遣をいつまで続けるつもりなんだ。
なんにもない自分なのに正社員で雇ってくれるんだったら、それもいいか。
母にも爺ちゃん婆ちゃんにも心配かけられないし。
入社しようって決めました。

フライングローズは仮名ですので検索してもこれまたヒットしません

でもこの就職話には妙な点がひとつありまして。
「仕事で特殊なコスチュームを着たりするんだけど着れるかな?」
と社長が訊くのです。

恥ずかしい服、着れますか?

バニーできますか

「うちはねーバニーガールの仕事もやってるんだよねー」とにっこにこの社長。

バニーガール?

はぁ?

なんで?
そんなコンサートスタッフの仕事ってある??????????


あるのか……な。
フライングローズはイベントを運営する会社だから、スタッフにバニーガール姿をさせるようなのも仕事であるのか。
そういえばそんな感じっぽい仕事もここのバイトでしたっけ。
和楽器のコンサートではスタッフは羽織を着せられたっけ。
そんなかんじかなぁ。

んんんんんんんん…………。

どうしても、どーしても気になる点がある。
このバニーガールの仕事って……。

いかがわしくはないのか?

はっきり言おう。

男性客相手に〇〇〇する仕事ではないのか!?
風〇ではないのか!?

このときのボクはガチで恐怖を感じていました。

で、そんな不安な表情から察したのでしょう。
社長が爆笑しました。
「あのね、そういうのじゃないんだからね」と。

バニーガールとはなにかのプチ講義を受けました。
簡単にそのときのレクチャーをまとめると───
女性美をアピールした制服のひとつがバニーガールであると。
だれでもできる仕事じゃない。きれいじゃないとね。どう?

アホなボクはもうこれで舞い上がりました。

ま、いいか!

ボク、引き受けました。

それにそもそもの話として、ボクを採用しようと考えた理由がー

勧誘理由は170cmオーバーの女だから

なんでもバニーガールは高身長の女性でないと務まらないんだそうです。

最低でも身長165㎝以上の女性でないといけないと。
まさかここでコンプレックスだった背の高さが役に立つとは……。

性自認はどっちなのか?

バニーガールを引き受けたのにはさらにもうひとつ理由がありました。
………言いにくいが書いてしまわないと正直じゃない。

じつはボク、自分が男なんじゃないのかなって、ふと迷う気持ちがありまして。
いやこれは正確な表現じゃないな。
自分を男だとは思っていないし。

男に生まれる筈だったのに女に生まれちゃったんじゃないのか

という妄想がず~~~~~~っと胸に秘めている。今も。

キモいですね

いままでお話ししてきたように、ボクって女子にしては高身長でした。
しかも男の子より腕力は強かった。
クラスの男子に過剰な敵意を燃やしていたのは、羨ましかったからかもしれない。
だから女子を率いる女ボスしていたのかもしれない。
ぽっちゃりだったのに水泳部に入部したのも……たぶん引かれると思うけども、だ。
競泳水着がかわいくて見てると同性なのにどきどきしたから。である。

ほんとキモいですね

綺麗なバニーガールのいる職場か……。
ときめく気持ちがあったのは事実。
すっごい不純な動機と自分を責めてましたが───。
意外にそういう気持ちを抱いているバニーは……あはは、そこそこいるものでした。安心した!

かわいくてきれいな女の子が好きって
女の子は普通にいたりするのだった

リアルでは誰にも話せない想いや考えをブログだったらぶちまけちゃってもいいかなと。

バニーガールはじめました

こうしてボクはイベント会社に就職しました。
イベントにあわせていろいろなコスチュームを着ます。
北海道フェアだったら、アイヌのきれいな民族衣装。
レセプションパーティーなら、バンケット。
そのうちのひとつがバニースーツって話でした。

違った。

バニーガールをするときもにある、って話だったのが───

だまされたw

せっかく入社した高身長女の特性を生かさないのはもったいない。
「フライングローズ」は系列で飲食店も展開していました。そのうちのひとつにバニーガールバーがありまして。
ボクはそこに出向の常勤で行くことになりました。

ノン・デ・ルワ

そのバーの店名は『ノン・デ・ルワ』

こうしてボクはバニーガールになりました。

……おかしい
ファッションデザイナーになりたかったのに

でも挫折して派遣で働いてなかったら、コンサートスタッフバイトに誘われなかった。
背が高いってずっと引け目に感じていたのに、それがバニーガールには必要な素質だった。
子供のころは「ブタ」とからかわれるほどだった。恥もなにもかも捨ててダイエットした。笑われても頑張った。そのボクが今、バニーガールをしている。
人とどう話していいのかわかんないくらいのコミュ障だったのに接客業をしているなんて。
振り返ると、なんか不思議。

バニーの仕事、ボク、好きです。楽しい。

バニーガールはじめました

このブログでバニーガールのお仕事のあれこれ語っていこうと考えています。
ぜひ「ノン・デ・ルワ」にお越しください。

ノン・デ・ルワは実在しない架空の店です。
このブログ上だけに存在する幻のバーです。

つまりこのブログがノン・デ・ルワです。


バニーガールのボク、バニめぐが当ブログにて貴方様をおもてなしいたします。
バニーガールが語ります!」をご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

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